著書は、『科學の剃髮』(昭和15年)、『獨創論』(昭和17年)、『唯物問答』(昭和33年)の三冊のみである。『唯物問答』の巻末に、近刊予告
として『独創論』があり、改めて『独創論』の出版が計画されていたようだが、これは結局出版されなかった。
著書によれば、雑誌への投稿などもされていたようである。今回、そこまでは調査が及んでいないが、ググったところでは、「一燈園」の機関誌『光』の目次に名前が見える。
昭和十五年十二月初版発行。発行所は「日本文化研究所」となっているが、英吉先生の住所と同じである。総ページ数は588であり、かなり重厚な内容となっている。
私は私の力の及ぶ限り一方に科学の本質を明かにしたとともに、他方宗教の本質を摘出して、いはゆる何れの宗派にも教団にも属せざる純正無色の宗教の真髄丈を教育に取り容れようと力めたと同時に、科学と宗教との合掌を策して世界文化の一大転機に日本の立場を明かにしたのである。
「前書き」にあたる部分に、このように書いてあるのが本書の内容の概略である。
私が内容を説明するより、実際に味わってもらう方が早いので、第三節「批判論」の書き出しから、少々長くなるが引用する。
さて意識ついで是非言つて置きたいのは批判である。批判は意識と共に現代教育推進器であり、又同時に現代知的教育の地盤である。現代の知識は、一面この「批判」と「意識」との両天秤によつて支へられ、批判的であれ、盲目的であつてはいけないといふことは、意識的であれ、眠つてゐてはいけないといふことと共に、現代知的教育のスローガンなのだ。
デカルトが、われ考ふ、故にわれ在り、といつた言葉は、われ疑ふ、故にわれ在り、と解すべきだといふ人がある。批評的懐疑的精神は旧物破壊の近代精神の先駆なのだ。
われわれは、 correct the errores : ──
といふことで、文法その他の知識を習得して来たのである。「ハイ」と素直に答へるよりは「なによ?」と訊き返す方が現代主知教育の要請なのだ。インテリとは、「懐疑」と「批判」との化身のようなもので、批判精神の逞しいことがジイドの言ふ知識階級の存在理由なのだ。大学で批判精神の衰へたといふことは、大学がそのまま反動的になつたといふことで、いはゆる「進歩的」とは「批判的」といふことの別名のやうに思はれてゐる。或る大学生は「真の学制改革は智育の徹底強化であり、従つてそれは現代社会に対する批判的科学的認識の養成でなければならぬ」と叫んでゐると云つたが、これは啻にこの大学生の叫びであるのみならず、全大学生の、否全知識階級の叫びなのだ。であるから「批判」は今やそれ地震に於て善とされてゐるのみならず、更に進んで神聖な宗教の殿堂に祀られて厳な笏をとつてゐるのである。少しでも「批判」にメスを入れるやうなものがあればそれは文明の進歩に逆のブレーキを掛けるものとして直ちに厳罰に処せられなければならないことなので、「批判」は今や凡ゆるものを批判してもよいが、「批判」みづからは他の何者からも批判させてはいけないのである。すなはち現代の批判精神こそは一種の科学的羅馬法王主義を結成してゐるのである。この羅馬法王主義に依つて、かれは一切の従来の「神」を批判し、「国家」を批判し、「教師」を批判し、「恩恵」や「感謝」や「尊敬」や「懺悔」まで、すべて宗教的・教育的なるものを余す所なく批判してゐるのである。
物を頂いても「批判」は、「有難い」といふことを忘れて、あそこがどうで、ここがかうと、一々その内容を分析して「恩恵」を冷やしてゐるのである。
「批判」は「懺悔」や「感激」を見ても一々その動機をあげつらつてその「心情」を殺してゐるのである。
「教師」を見ても「批判」は、これに欽仰することを忘れて、かれはゴリラで、これはモンキーだと、一々渾名を附けて喜んでゐるのである。
いつたい批判といふものは概ね部分の意識である。総合批判といふこともあるが、それでも先づ全体の分析を前提としてゐる。
で、全体受容、全体作用、「そのまま」の宗教的感激に批判の起り得る余地はない。
「先生は尊い」といふとき、先生の全人格的光輝は教育の全面に端的に顕れて来るが、「でも先生も人間よ、先生にも欠点はあるわ、だつて先生も生活の手段なんですもの、先生も授業料のお化けよ、物質のロボットよ」といふとき、女学生の心裡には漫画の先生が思ひ浮べられて、教育の嘲笑化が行はれてゐるのである。全く先生の威厳・教育の効果といふものは、この小批評家群の前には台なしになつてしまふ。
或る高校で七百の健児を前にして、そこの先輩である一名士は恁う尋ねた。
諸君は心から尊敬をしてゐる一人の先生をもつてゐるか?もつてゐれば手を挙げて見給へ」と。
一人も手を挙げるものがなかつたといふことである。
斯く「批判」は今や凡ゆるものを批判し尽して、一人の感心するものがゐなくなつたのである。尊敬するものがゐなくなつたのである。みんなが「先生」許りになつて一人の敬虔なる「生徒」がゐなくなつたのである。小学生ですらも既に先生を小馬鹿にして何だかだと批判してゐる。実に聖人以上、神以上、判官の地位に置かれてゐるのが今の被教育者の実情である。「教育」の破壊されたのは当然ではないか。
蓋し「教育」ほど尊敬と信頼を要求するものはない。尊敬のないところに教育はない。教育が一種の「里の宗教」として絶対の権威を要求せられてゐるのはこれがためなのである。
「聖学の礼は天子と申すと雖も北面なし、師を尊ぶ所以なり」
と「礼記」にも見えてをる。然るに斯く先生を被告席につけて、生徒たちを一段高いところに置き、前者を批判させてゐる今の教育は、教育を行詰まらせてゐる許りでなく、全く顛倒させてゐるのである。今の教育はいはゆる教育の進歩の線に沿うて、教育を転落させてゐるのである。教育自体を破壊するものは「批判」である、といふことができる。
このやうな調子である。英吉先生は、ただの「知識人」ではない。世の中の悪を見て、それを批判するだけのニヒリストでもない。口でいいことを言うだけの売文家でもない。どんなよいことも、実践されなければ意味がないのであり、そのために「読者を完全に納得させる」、「読者を実践にまで導く」というような意気込みを感じる。ソクラテスの如く、知行合一の実践を重んじる「哲学者」である。
昭和十七年四月初版発行。発行所は前作と同じく「日本文化研究所」となっている。総ページ数は180であり、テーマを「日本的独創」に絞って書かれているので、こちらの方が読みやすい。
目次を見ればわかるが、日本が「モノマネ」だけの国であると言われるが、実はそうではない、ということを述べたもの。詳しくは以前に書いた私のレビュー(http://d.hatena.ne.jp/iwaman/20051129#p1)を参照。
これだけでは詰らないので、最後の部分より引用して紹介する。
が、神は無我無自性なるが故に神の肉体(万物)は神の個性に非ざるはなく、神の創造に非ざるはない。このいみに最も偉大なる個性とは、いはゆる個性らしき個性をすりへらして、一たび自己の個性に死んで再び蘇つたものをいふのである。
故にその特徴のないところに特徴があり、個性のないところに個性がある。三角形の稜をすり減らして行くとその尖つた特徴は失はれて行く、然し「円満完全」てふ特徴は次第にその裏に養はれて行く。(円は無限の三角形の集合である。)故にわれわれがわれわれの真の特徴を発揮しようと思へば、どうしてもわれわれの小なる特徴を殺し尽して、大なる特徴に生きねばならぬ。これを自己の転換といふ。しかうしてこの自己を自己に転換した最も純粋なるもの、それが神である。故に神は最も偉大にして純粋なる自己である。神の個性は最も円満にしてその特徴が目立たぬのである。われわれは信長より家康に、基督よりは釈尊に、より人間の個性の最も神に近い「型」を見なければならぬ。
かくの如く日本は、元来無我の国土にして、小我の要求を否定するが故に、最も非独創的にして最も非個性的なるやうに見えたのである。故に日本はかかる従来の常識的独創論にしばられる必要はなく、一木一草の一部門の特徴に誇る柿や栗の国である必要はなく、世界のあらゆる材料を取つて来て、それをそのまま「日本のもの」とする、模倣即独創の国であればよい。すなはち一切を自己化する大独創の国であればよい。
現に我々は曾て仏教を大成し儒教を完成し老荘を純化してわれわれの自己を肥やした。今又泰西文化の粋をとつて益々自己を肥やさうとしてゐる。然しその初めは異物をたべて食傷してゐたものが次第に日本の胃の腑に慣れて今は材料の蒐集より材料の統整に興味を持つやうになつて来た。最近日本の傾向である。然し今なほ材料の選択に日本の胃の腑の狭小を呟つてゐる一派がないでもない。然し多くはいかものぐひで、一切を受容れて一切を消化しようとする小宇宙主義者である。これを八紘一宇の精神ともいふ。
惟ふに世界の凡ゆる文化は今悉く日本に集つてゐる。有史以来これほど多くの材料が一国・一時代に集つたことはない。これこそは真に驚嘆すべき世界の新現象である。然もこれを統整して一個の新な文化を創成することは継承的独創者の使命である。東方の光の云々せられるのもこれがためであらう。然し東方の光とは、前にも云へるが如く、過去の行燈を照らして異国情緒的感情をそそることではない。東方の光とは新日本人の出現によつて新な時代の新な真理を世界に光被することである。新な真理とは何か。新な自己である。新な日本の新な自己の実現!これこそが真に現下のわが国に於ける一切文化活動の基本でなければならぬ。
汝自らを知れ!
著書自ら言っているが、『善の研究』の影響が強い。『善の研究』の解説と応用、といった感じがする。
昭和三十三年十一月初版発行。発行所は「瓜生文庫」となっているが、所在地はやはり同じである。著者の年齢は六十過ぎであり、思想的には円熟していたであろう。総ページ数は268であり、「新字新かな」表記である。
内容は、前二作に比べて読みやすく、洞察力は更に研ぎ澄まされた感がある。
詳しくは、私の以前に書いたレビュー(http://d.hatena.ne.jp/iwaman/20051113#p1)を参照。
以下は戦後の「民主主義」について述べた部分。
進駐軍とともに「民主主義」が上陸してきた。この思想はいうまでもなく日本本土に野生した在来種ではない。したがって日本の地質に適合してそこに根を深く下すかどうかは、今後の問題である。
わたしは最初この思想は外人の常套手段である植民地獲得戦争の手先に使われた「ジャスウィット教」の様なものではないかと考えていた。ところが無邪気な日本人はこれを正面にとりあげて、これこそはほんとうに日本を再生させる哲学的な塩であると考えた。
口を開けば〝民主的〟という。
〝そういうことをいうのは民主的でない。戦前の日本へ逆戻りさすものだ!〟と。
ほんとうのことを云おうとしても、口を開かせなかった。民主的が圧制者のごとくわれわれの上にのしかかって来た。それはかっての軍部の相貌にも肖ている。心ある人はだから口を噤んだ。
しかしわたくしはこの民主主義の流行の中にも、どうしても腑におちぬものを感じた。
元来わたしは、わたしの理解を通さずに無批判で何ごとにも従えない傾向をもっている。だから戦時中は軍部の仕方にも不満を抱いていた。が、いま人は、心安く民主主義を口にし、まるでわが名を呼ぶ様に自明のこととして扱っている。それは戦時中軍部のお先棒をかついだ時に似ている。
しかし頭のわるいわたしには『民主主義』は分ったようでわからない、輪郭のハッキリしない言葉である。果して『民主主義』というものが此の世に存在しているのか?それさえ疑っている。あるいは民主主義は人間の作為した観念的な実態で、「あるといえばあるが、ないといえばない、」一種の『幻影』ではないかとさえ考えている。
そして、「『民主主義』は処理方法に過ぎない」、「ジャンケンポンと大差ない」ということを述べている。また、「民主政治」とは、「民が主となる」という意味ではなく、「民を主とする」の方がよい。「人民の、人民による、人民のための政治」は嘘であり、正しくは「リンカーンの、リンカーンによる、人民のための政治」である、等と述べておられる。
今でこそ、「democracy」の訳語としては「民主主義」よりは「民主政」の方が正しい、ということも常識になりつつあるが、英吉先生は、やはり五十年ぐらい早かった。