実家の倉庫を整理していたら、ふと『唯物問答』という題の箱入りの本を見つけた。「唯物論関係の本かな。何でこんな本が家にあるのだろう」と思い、本を箱から出してパラパラとめくってみたら、これが面白かった。(この時の様子は、私のweb日記(http://d.hatena.ne.jp/iwaman/20051113)に詳しく書いた。)
私の母に訊いたら、私の母がある結婚式に参加した時、素晴らしいスピーチをされた方がいて、その方に「スピーチに感動しました」と伝えたら、そのときのスピーチ原稿と『唯物問答』を献本して下さったとのことであった。
それから、ネット上の古本屋で山下英吉先生の著書を探し、『科學の剃髮』及び『獨創論』を読み、ますます尊崇の念を深めた。特に『科學の剃髮』は、私の愛読書となった。
山下英吉先生のことをもっと多くの人に知ってもらいたい、と思い、紹介ページを作ろうとしたが、生没年など、情報が少なすぎることに気づいた。やがて、ググってみたところ、『唯物問答』で出てくる幼稚園が実在することを知った。それは「北白川幼稚園」であり、現在は孫でもある山下太郎先生が三代目園長となっているということであった。
事前にアポイントを取り、2007年5月18日、山下太郎先生にインタビューを敢行した。暖かく迎えて下さり、色々なエピソードを教えて下さった。英吉先生の座禅をしていた縁側も見せていただいた。お土産に、山下一郎先生の著書もいただいた。諸事情により、一年ほど寝かせてしまったが、ようやくこうして山下英吉先生の紹介ページを作成することができた。
山下英吉先生の素晴らしいのは、その洞察力である。
科学を止揚して後に来たる文明の必至の形式は「宗教」である。
迷信──科学──宗教は、
中世──近世──来世、
といふ如く、文明開化の弁証法的過程である。
とても戦前の著書とは思えない。英吉先生は、「山の上」から世界を見渡して、その行き先を眺めていた。「これからは、宗教の時代である」という言葉は、現時点でもまだ早いぐらいで、世に出るのが百年早かった、と思う。否、「英吉先生が早かった」というよりは、世の中の進歩が遅すぎるのだ。敗戦によって、更に著しく後退したのだ。ただ、日本の敗戦によって「科学の時代」が延びたとするならば、その止揚たる「宗教の時代」は、大きくなると予想される。あと何十年か経てば、再評価されることもあるかもしれない。
さて、「哲学者が幼稚園の経営」と表現すれば、何とも不似合いな感じがするが、著書を読み込んだ私からすれば、誠に適職である、と思った。著書を読むにつけて、英吉先生は「教育者」である、ということをつくづく感じる。英吉先生の文章は、極めて平易である。平易ではあるが、人生や世界に対する深い洞察に基いている。そして、他人を納得させる表現が織り込まれている。要は、「独創的」というよりは、既にある思想や哲学を一般の人へ分りやすく解説しておられるだけなのである。英吉先生自身も、以下のように述べられている。
わたしは誰でも知っている史実(こと)のうちに、誰でもは気のついていない哲理(こと)をみつけて、誰にも分るような言葉で、平易に話してみようと思う。
「難しいことを、分りやすく他人に伝える」というのは、まさに「教育」そのものである。
※「巖饅工場」は正字正かなサイトですが、山下英吉先生に関するページのみは、より多くの人へ見て戴きたいという願いを込めて、略字及び「現代仮名遣い」で書きました(引用を除く)。