人名用漢字内の略字の取扱ひ方

目次

はじめに

昨年(平成十六年)の人名用漢字の改正で、大幅に人名用漢字が追加されました。この時に追加された四八八字は、基本的には正字體となつてゐます。

しかし、平成八年以前に追加された人名用漢字については、略字のみが採用されてゐる場合があります。平成十二年には表外漢字字体表が出されましたが、この時は、これら「人名用漢字内の略字」は、常用漢字に準じて扱うことになつてゐます。しかし、昨年追加された人名用漢字は、そもそも「表外漢字字体表」から選定されたので、「表外漢字」として扱はれてゐます。

つまり、現在の人名用漢字には、「表内人名用漢字」と「表外人名用漢字」が存在するといふことです。しかし、實際の扱ひは一纏めにされてゐます。

そこで、はつきり區別する爲に、まづ、この「表内人名用漢字」をリストアップしてみたいと思ひます。

註:「表内人名用漢字」の「表内」とは、「準『常用漢字表内』」の謂である。「『表外』外」と言ふ方が適切かもしれないが、さう呼ぶとだんだん訣が分らなくなりさう。)

「表内人名用漢字」リスト

注意書き

畫數の異なる略字(十八字)

主に、「畫數」に着目しての分類です。一畫でも違ひのあるものを擧げます。

JIS漢字に既に正字體がある略字(六字)

亀(龜) 瑶(瑤) 聡(聰) 艶(艷) 晋(晉) 熙(煕)
「瑤」や「聰」は人名で屢々見かけますが、含まれてゐません。
「晋」と「晉」、「熙」と「煕」の畫數は同じだが、便宜上ここに入れました。
「熙」は、『新字源』ではこの字が見出し字となつてをり、「煕」は「本字」となつてゐました。「熙」でよいとすれば、これは除くことになります。

これ以外に、「靖」に對して「靖」もありますが、これはJISでは定義されてゐない、所謂「機種依存文字」です。

印刷字體で區別のある略字(七字)

[例]

蘭 曙 啄 黛 迪 遼 蓮

印刷字體では區別のなかつた略字(五字)

[例]

冴 赳 舜 麟 琉

これらは、印刷字體ではデザイン差の範疇に入り、元々區別はありませんでした。
畫數の數へ方も本來は變らないのですが、字書では區別されてゐる爲、ここに擧げました。
「琉」は「略字」の方が一畫多くなつてゐます。
ちなみに、「舜」の爪頭の向きは、「受」と同樣に、正字體でも傳統的に内向きでした。

印刷字體で區別のある漢字(二十四字)

以下では、畫數の違ひはありませんが、印刷字體では區別がある漢字を擧げます。「略字」といふより、「明朝體に楷書體を取入れた常用漢字風デザインの字體」といふべきものです。

棒が止められた漢字(五字)

[例]

鯛 浩 皓 那 慧

點の向きに關するもの(六字)

[例]

鎌 梢 采 媛 柊 拳

「羽」の向き關聯(四字)

[例]

翠 翔 燿 耀

舟月(三字)

[例]

朋 鵬 藤

その他(六字)

[例]

湧 巽 肇 麿 彦 靖
「湧」の右邊は微妙ですが、要は「マ+男」ではなくて、「甬+力」といふことです。

印刷字體で區別されないこともある字(六字)

[例]

亥 瞳 憧 磯 侑 朔
これらは、印刷字體はおろか、字書によつても區別のない場合があります。

これ以外に、「頌」と「斐」などの筆押へに關するものがありますが、これは常用漢字表でも「デザイン差」とされてゐるので、ここでは省きました。

まとめ

以上、合計で四十八字です。これは、最も多く見積つた場合です。「印刷字體でもともと區別がない、またはされないこともある字」と「熙」を除けば、三十六字となります。

ちなみに、これらの字は當然「表外漢字字体表」に入つてないため、それを受けたJIS X 0213:2004の改正でも略字形のままでした。

「表内人名用漢字」をどう扱ふか

以上の、少く見積つて三十六字、多く見積つて四十八字が問題のある「表内人名用漢字」といふことになります。

「表外漢字字体表」では、既に述べたやうに、この「表内人名用漢字」を「常用漢字表」に準ずるものとして扱つてゐます。しかし、「戸籍法施行規則」にある人名用漢字一覽表では、「表内人名用漢字」も「表外人名用漢字」も區別なく同列に扱つてゐます。

「表内人名用漢字」を「常用漢字に準ずるもの」として扱ふか、他の人名用漢字とまとめて「表外漢字」として扱ふか、といふのが問題です。

人名用漢字のデザイン差

人名用漢字には、「常用漢字表」や「表外漢字字体表」にあるやうな「デザイン差」は示されてゐません。

「デザイン差」は認めないと解釋とすれば、一點一畫、角度に至るまで、戸籍法施行規則の表内に合せなければいけません。明朝體以外での使用は出來ません。これは、餘りにも非常識でせう。

それでは、「デザイン差」を認めると解釋すれば、そのデザイン差の基準はどうするか、といふのが問題になります。

「常用漢字表」と「表外漢字字体表」では、「デザイン差」に違ひがあります。「デザイン差」差とでも言ひませうか。しかし、「表外(略)表」と言ひ、變な表現が多い分野ですね。閑話休題。

例へば、上で「憧」といふ字を擧げました。「常用漢字表のデザイン差」に從へば、この四畫目は縱棒でなければならず、橫棒にすることは認められません。一方、「表外漢字字体表のデザイン差」に從へば、縱でも橫でもそれはデザイン差である、といふことになります。一般に、辭書的な「正字」といふことになると、橫棒にするのが正しいやうです。

今まで通りの基準でいけば、「表内人名用漢字」である「憧」の四畫目は、「常用漢字表」のデザイン差に從つて、縱棒でなければなりません。

新たに追加された「撞」の四畫目の場合、「表外漢字字体表」のデザイン差に從ふことになり、デザインとしては縱でも橫でもよいことになります。

同列に竝んでゐるものでも、一方はデザイン差として認められるが、一方は不可となります。極めて不可解です。

人名用漢字の定義の穴

ここでもう一度、「戸籍法施行規則」を見てみると、漢字は擧げられてゐるけれども、音や訓、用例などは擧げられてゐません。人名用漢字として定義されてゐるのは「形だけ」です。

人名用漢字で定義された漢字は既存の漢字の異體字とは言へない

例へば、石川啄木の「啄」の字があります。正しくは正字の[點のある啄]です。人名用漢字には、略字の[點のない啄]しかありません。

今、うつかり「略字の」などと書きましたが、そもそも[點のある啄]と人名用漢字の[點のない啄]が同じ字である、といふ定義はされてゐません。戸籍法施行規則を幾ら讀んでも、書いてあるのは「人名用として使へるのは[點のない啄]である」といふことだけです。

しかし、固より漢字は表意文字であり、一點一畫にも意味のあるものです。例へば、

この樣に、點畫が微妙に違ふだけで、違ふ字になることが多くあります。どうして獨り[點のある啄][點のない啄]のみ同じ字だと言へるでせうか。

戸籍法施行規則には、音や訓や畫數の定義もなく、用例も示されてゐない爲、[點のある啄][點のない啄]が同じ漢字である、とは言ひ切れません。偶々よく似た漢字があるから、「ついうつかり」代りに使つたり、字書にも「新字体」として載つてゐたりしますが、その根據は何處にもありません。

印刷物に於て、人名用漢字表の字體を使ふ理由はない

「常用漢字表」や「現代仮名遣い」では、「内閣告示」や「内閣訓令」といふ形で、この表は,法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会生活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである。などと言つてゐます。ここに一往の根據があるわけですが、「人名用漢字」はそのやうなことは一切なく、「戸籍上ではここで擧げた漢字のみ使用可能です」と言ふのみであり、その他の印刷物にまで及ぼすとは書いてゐません。

「表外漢字字体表」の「人名用漢字」の扱ひ方についての反論

「表外漢字字体表」では、各分野での取扱い方及び漢字出現頻度数調査の結果などから見て,常用漢字に準じて扱うことが妥当であると判断した。とありますが、これには反論があります。

『新字源』は、最も信賴出來る漢和辭典の一つですが、これは、人名用漢字の「新字体」の解説の最後に(参考)新字体は人名にかぎって用いる。といふ文章をつけてゐます。これでもか、といふぐらゐに、全ての人名用漢字の「新字体」につけてゐます。例へば人名用で「聡くん」といふ場合は「新字体」を使ふが、「聰明な人」といふ場合には、正字を使ふ、といふことです。

これは、常識的な態度でせう。「人名用漢字」とはその名の通り「人名用」であり、それ以外に影響は與へることはないのです。

だから、「表外漢字字体表」の人名用漢字の扱ひ方は、必ずしも世間一般の常識を代表したものではないと言へます。

結論

詰り、「一般の印刷物に於て、人名用漢字などは無視してよろしい」といふことです。法的根據もありません。略字化を適用する範圍は、常用漢字表内だけで充分です。

おまけ

もつと言ふと、「常用漢字表」にしろ「現代仮名遣い」にしろ、「内閣訓令」は各行政機關向けのものだし、「内閣告示」も、「内閣からのお知らせ」といつたものであり、法的拘束力はないものです。「表外漢字字体表」はさういふものすらない。一審議會の答申です。

したがつて、それらを使ふ法的根據もなければ、學問的根據は更に乏しい。根據は、「表音主義」といふ偏つた思想しかない。傳統的な根據に至つては全くない。寧ろ誤りである。考へれば考へるほど、さういふものを使ふ理由はなくなります。

だから、「常用漢字」も無視して構はない。之繞の點の數が「表内」と「表外」で違ふとか、さういふ無意味なことは金輪際終りにして頂きたい、と思ふのであります。

參考リンク



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