
讀むための正字分類表
はじめに
「正字正かな」と一口に言ひますが、「正字」と「正かな」は別です。雜誌などでは、小堀桂一郎さんや、中村粲さん、遠藤浩一さん、長谷川三千子さん、高森明敕さんなど、正かな派の言論人の方も活躍されてゐますが、漢字については大抵「略字」であり、「正字正かな」のものは殆ど讀む機會はありません(ネット上では少くない。參考:正字正假名遣ひの爲のリンク集)。
讀む場合、「正かな」の方は、「ゐ」と「ゑ」を除けば見慣れぬ文字があるわけでもなく、「ゐ」と「ゑ」にしても「い」と「え」と讀めばよいだけです。あと見慣れない言葉は「思ふ」や「例へば」などの「ハ行」とか、「~しませう」とか「さういふ」とか「しやうがない」とかもありますが、中學校や高校では古文を學んでゐるので、全く未知といふわけでもなく、初めは多少讀みづらくとも、讀めないことはありません。
「正かな」の方は、日本人なら、なんとなく讀めるもののやうです。
しかし、「正字」の方は、「正かな」に比べて、通常見慣れない字も多く、先に書いたやうに、觸れる機會も少いため、これが讀めない場合も多いでせう。
調べようにも、通常の「国語辞典」などには載つてゐないため、調べやうがありません。
そこで、ここでは、分りやすいやうに分類してみました。『常用字解』によれば、常用漢字全1945字中の略字は約798字といふことです。その内、私の計算によると、JIS第一水準と第二水準に含まれてゐる正字は263字あります(263字のリスト)。
その他のおよそ535字は細かい違ひで、「全く別の字」といふものはないので、讀む際には殆ど問題にならないものなので、ここでは採上げません。
注意書き
- 少なくとも常用漢字表内の文字はほぼ讀めることが前提です。
- 見出しは正字、括弧内が略字です。
- 「例:」では、今でも見かける例を示しました。
- 分類は主觀的なものです(特に下の方)。
分類
違ひの少ない字(92字)
- 人の頭といふのはよくできてゐるもので、それほど大きくない違ひなら、自動的に既に知ってゐる似た字に置き換へて理解できるものです。
- また、文脈上の意味からも類推も出來るので、なんとなく分ってしまふものでもあります。
- よつて、讀むだけならば、これらの字形はわざわざ覺える必要はないでせう。
- 寢(寝)、壯(荘)、莊(荘)、裝(装)、將(将)、奬(奨)、搖(揺)、謠(謡)
- 壤(壌)、孃(嬢)、讓(譲)、釀(醸)
- 效(効)、收(収)、敍(叙)、敕(勅)
- 碎(砕)、雜(雑)、粹(粋)、醉(酔)
- 卒=卆。(「枠」を除く)
- 惠(恵)、專(専)、穗(穂)
- 淨(浄)、靜(静)、爭(争)
- 隨(随)、髓(髄)、墮(堕)
- 亞(亜)、惡(悪)
- 爲(為)、僞(偽)
- 卷(巻)、圈(圏)
- 帶(帯)、滯(滞)
- 舍(舎)、舖(舗)
- 壞(壊)、懷(懐)
- 樂(楽)、藥(薬)
- 參(参)、慘(惨)
- 濕(湿)、顯(顕)
- 溪(渓)、鷄(鶏)
- 贊(賛)、潛(潜)
- 從(従)、縱(縦)
- 乘(乗)、剩(剰)
- 藏(蔵)、臟(臓)
- 兩(両)、滿(満)
- 拔(抜)、髮(髪)
- 搜(捜)、插(挿)
- 惱(悩)、腦(脳)
- 飮(飲)、衞(衛)、奧(奥)、殼(殻)、顏(顔)、騷(騒)、盜(盗)、沒(没)、恆(恒)、册(冊)、肅(粛)、霸(覇)、樣(様)、豐(豊)、襃(褒)、拜(拝)、聽(聴)、鬪(闘)、屆(届)、祕(秘)、隱(隠)、穩(穏)、覽(覧)、獵(猟)、靈(霊)、默(黙)、勳(勲)
多少違ひがある字(66字)
- 少し頭を働かせれば、だいたいそれと分る字です。
- 文脈上で示されれば、恐らく分るでせう。
- 念のため、同じパーツを含む字を含む、今でも書籍などで見かける單語を「例:」以下で示しました。
- 學(学)、覺(覚)
- 例:「攪乱」「攪拌」
- 譽(誉)、擧(挙)
- 例:「欅(けやき)」「襷(たすき)」
- 區(区)、驅(駆)、歐(欧)、毆(殴)、樞(枢)
- 例:「森鷗外」「嘔吐する」「青春を謳歌する」
- 稻(稲)、陷(陥)、兒(児)
- 例:「諂(へつらふ)」「餡ころ餅」「閻魔大王」「睨(にらむ)」
- 勸(勧)、歡(歓)、觀(観)、權(権)
- 例:「灌漑用水」
- 曉(暁)、燒(焼)
- 例:「堯」
- 來(来)、峽(峡)、挾(挟)、狹(狭)
- 例:「仁俠」「荻生徂徠」「蓬萊」「鋏(はさみ)」「頰(ほほ)」
- 儉(倹)、劍(剣)、檢(検)、險(険)、驗(験)
- 例:「瞼(まぶた)」「収斂(しうれん)」「石鹼」
- 徑(径)、經(経)、莖(茎)、輕(軽)
- 例:「脛(すね)」「頸(くび)」「痙攣(けいれん)」
- 單(単)、戰(戦)、禪(禅)、彈(弾)、獸(獣)、嚴(厳)
- 例:「憚(はばかる)」
- 棧(桟)、殘(残)、淺(浅)、踐(践)、錢(銭)
- 例:「付箋」「賤しい」「餞別」
- 齒(歯)、齡(齢)
- 例:「嚙む」、「齟齬(そご)」
- 發(発)、廢(廃)
- 例:「反撥」「撥音便」「醱酵」
- 繩(縄)
- 例:「蠅」
- 營(営)、榮(栄)、螢(蛍)、勞(労)
- 澁(渋)、攝(摂)、壘(塁)、疊(畳)
- 屬(属)、囑(嘱)
- 繼(継)、斷(断)
- 歸(帰)、戲(戯)、犧(犠)、竝(並)、關(関)、總(総)、遲(遅)
- 「竝」は、「立(地面に人が立ってゐる形)」が二つ竝んだ形。
パーツ單位ではよく見たりする字(17字)
- そのものは見たことがなくても、よく使ふ他の字の中ではみたことがあつたりします。
- さういふものは、音はだいたい類推可能なので、發音してみたりすると、どの字であるかがわかるかも知れません。
- 會(会)、繪(絵)
- 例:「老獪な政治家」「檜山さん」
- 壽(寿)、鑄(鋳)
- 例:「怒濤の攻撃」、「祈禱」
- 觸(触)、獨(独)
- 例:「濁音」「燭台」「髑髏(どくろ)」
- 纖(繊)
- 例:「籤引き」「殲滅」「懺悔」
- 拂(払)、佛(仏)
- 例:「沸騰」「彷彿」などと同じ「フツ」の音。
- 假(仮)
- 例:「余暇」
高島俊男著「漢字と日本人」參照。
- 蠻(蛮)、變(変)、戀(恋)、灣(湾)
- 例:「痙攣」「彎曲」「親鸞」
- 數(数)、樓(楼)
- 例:「屢々」「縷々」「藪」「髑髏」
- 麥(麦)
- 例:「麵」「麴」「麩」(パソコン略字が使はれることもある。正字の上の部分は「來」)
今でもたまに見かける正字(13字)
- 「例:」で示したのは、使はれてゐる語の例です。
- しかし、この「たまに見かける」といふ基準は個人差も大きいところでせう。
- 龍(竜)、瀧(滝)
- 例:「龍王」「大瀧さん」
- 國(国)
- 例:「三國志」「三國無双」「北國新聞」
- 櫻(桜)
- 例:「櫻井さん」
- 氣(気)
- 例:「氣志團」
- 團(団)
- 例:「氣志團」「市川團十郎」
- 藝(芸)
- 例:「文藝春秋」
- 條(条)
- 例:「中條さん」
- 濱(浜)
- 例:「濱口さん」「濱田さん」
- 邊(辺)
- 例:「渡邊さん」
- 嶽(岳)
- 例:「松平春嶽」「富嶽三十六景」
- 燈(灯)
- 例:「燈籠」「行燈」
- 應(応)
- 「慶應義塾」
よく見る正字と、それに關聯した字(20字)
- 一番左が、よく見る正字で、右にそれと同じパーツを含む字を竝べました。
- 「例」では、それらを含む字も擧げてみました。
- 眞(真)、愼(慎)、鎭(鎮)
- 例:「田中眞紀子」「充塡する」
- 齋(斎)、齊(斉)、濟(済)、劑(剤)
- 例:「齋藤さん」
- 廣(広)、擴(拡)、鑛(鉱)
- 例:「廣田さん」
- 賣(売)、讀(読)、續(続)
- 例:「讀賣新聞」「冒瀆する」
- 澤(沢)、驛(駅)、釋(釈)、擇(択)、譯(訳)
- 例:「澤田さん」「大澤さん」「木鐸」「演繹法」
- 萬(万)、勵(励)
- 例:「一萬円」「瘴癘の地」
その他(55字)
正字から一部を取ったもの(14字)
- 蟲(虫)、絲(糸)
- 以上、複數の共通部分を一つに略したもの。
- 號(号)、縣(県)、罐(缶)、豫(予)
- 以上、左側を取つたもの。
- 餘(余)
- 右側から取つた。
- 處(処)
- 下から。
- 畫(画)
- これも下の部分を取つたもの。
- 醫(医)、聲(声)
- 左上の部分。
- 與(与)
- 眞ん中のあたり。
- 壓(圧)
- 上と下から取つた。といふか、眞ん中を取り除いたといふべきか。
- 點(点)
- これは右と左下から取つた。「店舗」とか「貼付」とかの「テン」と同じ音。
餘り使はれない字(5字)
- 壹(壱)
- 「藪恵壹」の「壹」。また、「司馬懿」の「懿」の左側にもある。
- 貳(弐)
- 蠶(蚕)
- 爐(炉)
- 「櫨」や「廬」など、「盧」に「ロ」の音があることを知つてゐれば讀みは自づと分る。
- 遞(逓)
- 「逓信」などで使はれる。
一個づつ覺えないとしやうがない字(36字)
- 覺えないとしやうがないと言つても、音だけは類推可能なものもあります。
- 形も、そもそも「略字」なので、どこか想像可能な場合もあります。
- といふことで、この中でも、初見で「讀める」といふものもあるかもしれません。
- そもそも「初見」ではない字も多いでせう。
- 辯(弁)、辨(弁)、瓣(弁)
- クイック正漢字參照。
- 盡(尽)、晝(昼)
- 上の部分の略し方が共通。例:「我が儘(侭)」
- 圍(囲)
- 「韋」の音が「ヰ」、「井」の訓が「ゐ」であることから使はれた略字。
- 圓(円)
- 「圓」は古いお札などで見る。
- 缺(欠)
- もともと、「欠(けん)」と「缺(けつ)」は別の字。「法の欠缺(けんけつ)」といふ言葉もある。
- 「缺」の音は、「決意」とか「秘訣」とかから類推可能。
- 據(拠)
- 「急遽」の「キョ」と同じ音。
- 寫(写)
- ウ冠に「新潟」の「潟」の右側。
- 轉(転)、傳(伝)
- 「專」を含む形。「囀(さへづる)」といふ字もある。
- 常用漢字では、「專」を「専」、「傳」を「伝」、「團」を「団」と略してをり、全く統一性がない。
- 價(価)、實(実)、寶(宝)
- 「貝」を含む字。昔は貝が貴重なもので通貨として使はれたので、物の賣買やお金に關することや大事なものには「貝」を含む字が多い。
- 擔(担)、膽(胆)
- 例:「暗澹(あんたん)」
- 辭(辞)、亂(乱)
- 對(対)
- 例:「對馬さん」
- 竊(窃)
- 體(体)
- 禮(礼)
- 臺(台)
- 黨(党)
- 當(当)
- 癡(痴)
- 鐵(鉄)
- 鹽(塩)
- たまに「鹽原さん」がゐる。
- 舊(旧)
- 獻(献)
- 證(証)
- 稱(称)
- 圖(図)
- 圖書館の看板などでは「圖」の字を見かけたりする。「辺鄙」のピの左側と同じ形。
- 雙(双)
- 「復讐」のシュウと上の部分が共通。
- 廳(庁)
あとがき
以上、少くとも覺えなければいけないのは最後の「その他」から「覺えなくてもよい字」を除いた50字だけです。個人差も大きいでせうが、せいぜい多くても80字程度でせう。
假に知らなくても、文脈上からも判斷可能なのものもあるし、文章の中にこれらの字かすべて含まれてゐる訣ではありません。
また、漢字といふのは一度でも見たことがあれば、讀むだけならば讀めてしまふものです(私なども、「鬱」や「薔薇」などは書けなくても讀めてしまひます)。
「正字」と言つても、恐るるに足りません。
附記:漢字の形が變へられただけでなく、「同音の漢字による書きかえ」といふものも行はれたので、これ以外に「消された漢字」といふのがいくつかあつたりします。(「聯合→連合」など。參考:http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/rekishi/Doonnokanjiniyorukakikae.html)
平成十六年四月廿六日初出 平成十八年七月卅一日最終更新